奨学生 レポート

外国人奨学生の顔写真

藤田 綾
2022~2024年度奨学生
オックスフォード大学 博士課程 社会介入学部

 博士課程の三年目に突入しました。一昨日、第一子長男を出産し、安堵しているところです。夫や家族の献身なサポート、貴財団事務局の皆様や奨学生仲間からの温かい励ましに助けられ、私らしく健康的で充実した妊娠生活を送り、安全な分娩を経験することができて、関わってくださった全ての方に心から感謝しています。本レポートでは、前半は日英仏の妊産婦医療福祉について、後半はこの半期(2024年10月〜2025年2月)における研究成果と学術活動について報告させていただきます。

妊産婦医療福祉の日英仏比較ー女性の権利やエビデンスベースの自己決定の視点から

 日本人で子ども・家族の福祉を専門とする身で、留学中の英国における妊婦健診(8か月まで)や両親学級、夫の母国の仏国における9か月以降の周産期医療、分娩、産後ケアを自分が経験したことは貴重な機会でした。周産期妊産婦ケア・支援に関して3か国の特徴を比較し、主に女性の権利やエビデンスベースの自己決定の視点から日本に対して提言することを試みます。

 日本の妊産婦医療は何より手厚さと安全第一の一言に尽きます。周産期医療の総合的なアウトカム指標として国際比較でよく使われる妊産婦死亡率の低さは10万人あたり4人(2024年)と世界トップ3に入り、まさに100点満点を目指す妊産婦医療ともいえます。日本では妊婦健診は初期には毎月、臨月には週一で行われ、厚生労働省の指針では計14回とされています。それに対して英国では12週目の超音波検診までは健診がなく、初期の経過は不安でしたし、その後後期でもおよそ月一の頻度でした。妊産婦死亡率は日本よりも高く、最適なコストで最適点を目指す妊産婦医療なのだと思います。一方、日本では、出産に関する社会的偏見が根深いと感じます。痛みを経験しなければ良い母親になれない、子どもに対して愛着を持てないなど、科学的に相関関係が認められない痛みと愛着に関する迷信が蔓延っています。科学的根拠のない「陣クス」(陣痛を促進すると信じられている行動)を信じる妊婦の多さにも驚きました。

 英国は、エビデンスに基づいて選択肢と長所短所を提示し、十分にインフォームドコンセントを行うことで、個人が意思決定・選択することを尊重しています。例えば、出産リスクが高い等の診断がなくても希望すれば計画的帝王切開を選択できます。私が受講したオックスフォード大学病院のNHS助産師チームによる無料の事前講習やNGOのNCTの両親学級では、すべき・しないべきを押し付けるのではなく、この介入にはこの長所短所があり、こういうエビデンスがありますという伝え方をしていました。日本だと無痛分娩といえば硬膜外麻酔を指し、他の痛み止めの選択肢はほぼ聞きませんが、英国では多様な痛み緩和法が提供されていて、硬膜外麻酔はあくまでもその一種なのです。薬理学的方法であれば硬膜外麻酔、オピオイド、モルヒネ、非薬理学的方法であればガス(Entonox)、無菌水注射、経皮的電気刺激(TENS)、温浴療法等が利用可能であり、NHSの助産師が事前にオンライン講習で効果と副作用について説明し、妊婦個人の選択に委ねています。もちろん、妊産婦は介入を拒否する権利も保障されています。このような幅広い選択肢と自己決定権の尊重はフェミニストによる平等な医療アクセスを求める運動の成果であり、痛み緩和ケアの利用は英国国民保健サービス(NHS)に含まれるので追加料金がかかることはありません。

 仏国は、母親と子供の権利が下地にあって制度設計されている点が印象的でした。モニタリング訪問を担当してくれた男性の助産師さんが、「生まれてくる赤ちゃんの安全も大事だけれど、母親の出産経験を少しでも良いものにするために母親の希望に沿って痛みを和らげ、産後の早い回復を目指すケアを提供するのが私たちの仕事だ」と強調していました。英国同様、出産時の痛みの緩和は権利であるため、仏国では硬膜外麻酔は1998年から社会保険全額適用であり、81%(2023年)と利用率が世界で最も高いと言われています。広く普及していて、24時間365日担当できる麻酔医がいるので、日本でいう「計画」的な無痛分娩や無理な誘発剤の使用を避けることが可能であるため、陣痛促進剤の過剰使用によるリスクや事故が比較的少ないそうです。産後ケアも充実していて、助産師の自宅訪問はもちろん、産後12日間に行われる自宅訪問型の骨盤底筋などのトレーニングも社会保険全額適用となっています。さらに、生まれたばかりの赤ちゃんも一人格として尊重し、医者、看護師、助産師らが赤ちゃんに対して自己紹介をして何を行うか直接呼びかけをするのも驚きの一面でした。

 以上の英国仏国の例を踏まえて、厚生労働省による最新の妊娠・出産・産後における妊産婦等の支援策等に関する検討会の資料や議事録などに目を通した上で、私が思う日本が取り組むべき課題を挙げます。

 まず、希望する妊婦が誰でも安心して硬膜外麻酔を受けられる体制を早急に整え、保険適用とすることです。硬膜外麻酔に対してニーズが高まっているものの対策が追いついていないのが喫緊の課題です。専門の麻酔科使用率(2023年)は平均で11.8%、最多の東京都において28%、次いで10%を超える県が10県、5%以下または受けられない県が15県と、国内でも普及率に差があります。小規模で多数の産院、医師の偏在や減少などの問題もあるため、専門の麻酔科医や産科医の育成・配置などの体制強化は短期間に実現する容易な話ではありませんが、日本ならではの「失敗(医療事故)が決して許されない」社会風潮が対策を遅らせていることはないでしょうか。また、払える人しか利用できないのは不平等であるという意識の下、どんな経済状況であっても希望すれば選択可能になるように、保険適用や助成金活用の議論も盛んに行われるべきだと思います。壮絶なお産や痛みがトラウマとなる女性も少なくないため、周産期医療を超えて少子化対策の一環と捉え、素地として権利に基づく政策が目的として掲げられるべきです。

 次に、エビデンスに基づいた多様な痛み緩和ケアの提供と自己決定権の尊重です。検討会ではWHOガイドラインも参照されてはいるものの、痛み緩和ケアの多様化については具体的な議論が進んでいません。英国で利用可能な全ての緩和方法について科学的効果が十分に実証されているわけではなくWHOの推奨度も異なりますが、妊産婦は自己選択することができます。日本でもWHOガイドラインがある程度推奨しているものであれば今後の選択肢として検討し、エビデンスに基づいてインフォームドコンセントを十分にした上で各妊婦が幅広い選択肢の中から自己決定できるような体制が広がると良いと思います。

研究成果や学術活動

 昨年10月には、南アフリカ・ケープタウンで開催された、性的暴力国際学会に参加し、私は「研究が足りていない人々」というセッションで、ウガンダの障害児の脆弱性や暴力に遭う危険因子について口頭発表をしてまいりました。同じセッション内では、暴力と障害の交差する領域で貴重なヒントを得ることができました。さらに自分の研究のウガンダの現地パートナーとも顔を合わせて研究結果について議論することができました。昨年11月には、Transfer of Statusの口頭試験に合格しました。指導教官とは異なる専門の教授・研究者からフィードバックを得ることができて非常に有意義な経験でした。

 その後、学会、口頭試験、学内での発表等で得られたフィードバックを反映して一部再分析を行い、現在は論文一本目と二本目の執筆を進めています。また、論文三本目の質的研究の研究計画も順調に進めております。育休から復帰したら、育児も楽しみつつ、研究に邁進して行きたいと思います。貴財団およびご支援者の皆様のご支援のお陰で、充実した研究生活を送らせていただけており、心より感謝しております。引き続き、よろしくお願い申し上げます。

学会にて、同じセッションの発表者たちと

学会にて、同じセッションの発表者たちと



学会にて、研究科のDPhilの同僚たちと

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