藤田 綾
2022~2024年度奨学生
オックスフォード大学 博士課程 社会介入学部
奨学金によって果たせたこと:これまでの留学の成果
オックスフォードでも桜が咲き始め、春の訪れを待ちわびる頃になりました。博士課程の二年目の第一、二学期は、一年目で読んできた先行研究をまとめ、先行研究・研究計画書(Transfer of Status)を仕上げる作業に取り組んできました。原稿を書いて、指導教員からフィードバックをもらい、追加で論文を読みながら原稿を改善するというサイクルを繰り返す、側から見れば地味な作業を続けた半年間でしたが、博士課程の研究の土台を築くのに必要で有意義なプロセスだったと思います。今思えば、博士課程の一年目に、ウガンダ・ケニア両国における政策立案に関する研究プロジェクトに従事することができ、何が機能して何が障壁となるのか、上流から下流までどのようなアクターが関わっているかを把握できたことで、どのようなエビデンスが必要とされていて、それらが実際の政策・実務にどのように役に立つかが明確になったように思います。
これからの半年は、論文一本目と二本目の分析および執筆に集中して取り組みたいと思います。先日初めて国際学会に応募をしたところ、審査に通ったので、今年の夏にスウェーデンで研究発表をすることが決まりました。国際学会では研究結果を発表するだけでなく世界中から集まる研究者の発表を聞いたり交流したりするのが今から楽しみです。
二年目になってからは、自分が置かれた環境で少しでも人の役に立てるようになりたいと思うようになりました。例えば、研究科のEquity, Diversity and Inclusion (EDI)の博士課程の学生代表を務めるようになり、毎月の EDI委員会会議に参加して、少しでも不安や不平等を感じている学生の声を届け、建設的な議論を行うことに努めています。また、オックスフォード大学の日本人大学院生および日本にルーツのある大学院生の集まりである青藍会の会長を務めています。学生同士が学び合い、励まし合えるコミュニティづくりを目指して、定期的に交流会やイベントを企画しています。こうして一年目よりも多くの人と関わり、互いに支え合っていることは幸福感を感じることでもあります。また、自分だからこそできることを見つけて成し遂げていくことはライフワークでもあり、自己実現にも繋がっています。
執筆に集中したい時によく使っているカレッジの図書館の様子
初心に立ち返る
博士課程を始めて、腰を据えてやってよかったと思うことがあります。何百本の先行研究を読むのと並行して、基本のキに立ち返るということです。
基本に戻って学びを深めたことの一つは、子どもに対する暴力に関して、エビデンスに基づいて作られた国際的な戦略やその基になっている理論を一から学び直すということです。博士課程で子どもに対する虐待予防・対応を研究するにあたって、保護者の育児支援するアプローチに着目するということは当初から決めていました。しかし、有効的に虐待をなくし子どもたちを守るのに、保護者の育児支援は単なる一アプローチに過ぎません。例を挙げてみると、法的な枠組みが整備・執行され、被害者が守られる仕組みになっていること、従来のジェンダー規範にとらわれず保護者の両方が育児に参加していること、家庭内で良好な夫婦関係が保たれていること、家計が安定していて子どもたちが必要な教育や医療、モノやサービスを享受していること、再発が起きない仕組みになっていて暴力を受けた子どもたちが必要なケアを受けられることなど、包括的に取り組まれることでこれらの要素がどれも達成されていなければなりません。
子どもに対する暴力予防の全体像をよりよく理解しなければいけないと思った時に、2016年に世界保健機関と多くのパートナー機関によって開発された『INSPIRE子どもに対する暴力撤廃のための7つの戦略』を思い出し、じっくりとオンラインコースで学んでみることにしました。この戦略は、法の施行と執行、規範と価値、安全な環境、保護者や養育者への支援、収入と経済力の向上、対応・支援サービス、教育とライフスキルという7本の柱からなっており、社会福祉、保健、教育、財政、司法分野を横断するもので、多分野にわたって連携しながら活動を行い、モニタリングと評価を行うことを推奨しています。オンラインコースでは、柱ごとに、なぜそれが大事で、どのような介入・アプローチがあり、世界ではどんなグッドプラクティスがあるかを学ぶことができます。保護者や養育者への支援の周辺を理解して、研究対象の人々の持つ価値観や規範、家庭の経済状況など、問題に本質的に関わっている要素を見落とさないようにして自分の研究に向かい合っていかなければと思います。
初心に立ち返って学び直しをしたことのもう一つは、障害に関する理解です。私は、日本の社会福祉士の国家資格を持っているため、障害に関する基礎や日本における障害福祉については学習したことがありました。ウガンダやパキスタンで障害児者の支援に関わりながら、JICAやNGOなどのトレーニングや勉強会にも参加し、走りながら実践寄りの知識も加えて身につけてきたつもりでいました。しかし、研究を始めて、いざ、障害の定義や概念、障害の測定や統計について説明しようとすると、何が正しいのかわからなくなってしまいました。日本ではこれはこういうものだと暗記型で学んだことが、状況が全く異なる国では必ずしも通用するわけではないからです。
そこで、まず、徹底的に論文、国際条約、国連の解釈などを読み込むことにしました。そして、「障害と開発」分野で働く国際協力の専門家たちが自主的に開いている輪読勉強会に月一で参加させてもらうことにしました。ゼミのように論文を交代で発表して全員で議論をするのですが、一人で手探りしながら学ぶよりも学びの深さや幅が違います。例えば、ある概念の歴史を遡ってみるとドナーが主体で頭でっかちな概念や戦略を作っても現場では簡単には根付いていかないことを学びました。また、さまざまな途上国で働く専門家が知恵や経験を持ち寄るので各国の政策や実践状況を知ることができています。そうしてわかったのは、絶対的に正しい解はないということです。障害の概念も複雑で進化し続けているものであり、人々の認識や理解も一人ひとり異なれば、障害の種別や困りごとの定義さえも異なり、これらは常に変化し続けているからです。
これまで一年半の間、ご支援のおかげで充実した研究生活を送ることができております。特にこの半年は、社会人時代にも修士時代にも後回しにしてきたことを、ようやくじっくりと時間をかけて丁寧に学び直すことで基礎固めをしながら、先行研究・研究計画書の執筆に没頭するという貴重な時間を過ごすことができました。継続してご支援をいただいている貴財団の皆様およびご支援者の皆様に御礼申し上げます。今後ともよろしくお願い申し上げます。
私の普段のランニングコースであるオックスフォード運河の秋と冬の様子