奨学生 レポート

日本人奨学生の顔写真

波多野 綾子
2022~2024年度奨学生
オックスフォード大学 博士課程 法学部

はじめに

 2023年度は、世界各地で紛争と災害が多発し、続き、再燃する中、停戦や復興への道のりも見えず、コロナ禍の残した負の影響も続く中、理不尽に苦しむ人々の状況に対する悲しみ、悼み、まん延するヘイトや正義の不足への怒り、懸念、時には絶望といっていいような気持ちを多く感じることになりました。その中で、オックスフォードという恵まれた環境で国際法を学ぶことができていることの意味は何なのか、自分自身に問いかける機会も多くありました。しかし、国際人権の「現地化」「日常化」という自身の研究はこのような状況であるからこそ、一層取り組む意味を持つのではないかと考えています。本レポートは、前年に引き続き坂口財団のご支援をいただきながら、1.特に自身の専攻に関連して、英国・オックスフォードでの生活で学んだことおよび、2.奨学金期間中に達成できたこと(特に出版に焦点をおいて)の2点についてご報告をさせていただきたいと思っています。

1.英国・オックスフォードでの生活で学んだことー国際法とコロニアリズムを巡って

 国際法の研究では、国際司法裁判所(ICJ)の判決などの理解や分析が欠かせません。ICJは国連の主要な国際司法機関であり世界裁判所ともいわれていますが、国際法に携わる人以外の一般に広く認知されているとまではいえなかったかもしれません。しかし、本年1月26日は、ICJの動きに世界中が注目していたのではないでしょうか。ジェノサイド条約違反について南アフリカ共和国がイスラエルをICJに提訴した件を巡り、ICJはイスラエルに対して、パレスチナ自治区ガザ地区のパレスチナ人のジェノサイド及びその扇動を防ぐための措置をとること等を命じる暫定措置命令を発出しました。本件では、ガンビアがジェノサイド条約違反についてミャンマーを提訴した例と同様、南アフリカ共和国の原告適格において、ジェノサイド禁止条約の強行規範(jus cogens)的性格と、ジェノサイド条約に基づき国家が負う義務の対世的性格(erga omnes)が強調されています。つまり、「共通の法的権利を保護する条約の締約国が、その違反によって直接的に影響を受けていない場合であっても、その権利を実現させることを認めるもの」であり、人権条約の実施などにおいても、革命的な変化をもたらす可能性があるとされています(オーナ・A・ハサウェイ「南アフリカ対イスラエル事件の期待とリスク」Just Security 2024年1月9日(訳:根岸陽太))。私がリサーチ・アシスタントをしているオックスフォード大学のボナベロ人権研究所でも、3月に本暫定措置命令に関して議論するイベントを行いました。ICJの命令の有効性については様々な議論がありますが、双方の主張が根拠・証拠とともに裁判所・法の前で試される場は正義の実現のために不可欠なフォーラムであると考えています。

 法的原告適格に加えて、なぜ南アフリカ共和国が提訴に踏み切ったのか、という疑問については、上記イベントにおいてVictor Kattan教授が語ったように、南アフリカ共和国が辿ってきたコロニアリズムやアパルトヘイトの歴史を抜きには語ることはできないでしょう。南アフリカは、パレスチナでは、自国と根を同じくする苦難が今も続いているものとして、その是正を求めてパレスチナを支持してきました。

 そして、パレスチナ紛争の主要な原因を作り出し、アフリカでも植民地主義を推進してきた歴史を有する英国、その中にあるオックスフォードでも、コロニアリズム/ポスト・コロニアリズムを巡る論争が頻発しています。代表的なものは、19世紀にアフリカ南部で植民地政策を推進した英国人政治家・実業家のセシル・ローズ(Cecil Rhodes)の名を課した奨学金や教授職、銅像でしょう。学生の抗議を受け、セシル・ローズの銅像の撤去も検討されましたが、大学は歴史の遺産と現残する植民地主義を学ぶ機会として像を存置することを決定し、銅像は今も私たちを見下ろしています。しかし、今年に入ってRhodes Professorの名称が変更されることが決定されたようです(The Oxford Student, 2024年1月19日)。オックスフォードでの生活は、現在は常に歴史とともにあり、歴史はーたとえそれを直視することが不快な感情を伴うものであってもー常に議論にさらされ続けるものであるということを実感する機会を多く与えてくれます。

(写真)The Oxford Student, 2024年1月19日より

(写真)The Oxford Student, 2024年1月19日より

2.奨学金期間中に達成できたことー出版について

 「Publish or perish(出版せよ、さもなくば滅べ)」は、アカデミアや研究者の世界で広く知られる言葉です。一般的に、出版物(論文、書籍など)を積極的に公表しないと、研究者の評価やキャリアが危機にさらされる、という競争の激しい環境を指すフレーズですが、研究の進展や知識の発展に貢献する出版は研究者のコアのミッションから切り離すことができないものです。

 オックスフォード大学法学部でも、出版社やシニアの研究者などによる論文や本の出版に関するセミナーが行われています。どのように投稿するジャーナルを選ぶべきか、いかに査読者のコメントに対応すべきかといったことなどのみならず、出版は時間とエネルギーが必要なプロセスであること、質の高い議論への願望を常にもちつつも、完璧を求めすぎないことなど、心構えに関する多くのアドバイスも得ることができました。

 本年度は、幸運なことにいくつかの論文を出版することができ、まさに上記のセミナーで得たアドバイスの一部を自身で実践・実感する年になりました。以下に、本年度出版することができた論文や成果物を挙げさせていただきます。

最後に

 上記のように、動的に変化する国際環境の中、オックスフォードの国際法グループやボナベロ人権研究所でのリサーチ・アシスタントとして、様々な研究者から日々学ぶ機会を得ています。環境があまりにも恵まれている中で、日々の活動に追いつくことが難しくなることもありますが、それでも自身の研究を進展させる一歩一歩の過程に充実感を感じています。

 また、未来の不確かな状況下で「将来計画」を立てる難しさを実感していますが、前年と同様に、坂口財団からの素晴らしいサポートや、共に学ぶ奨学生仲間たちの励ましに支えられ、未知の将来に向けて前進し続ける勇気とモチベーションを保っています。明日が何をもたらすか分からない中で、共に歩む仲間やサポーターの皆様に心からの感謝の意を表し、博士論文の完成に向けて着実に進んでいきたいと思っています。

ローズテクノロジーフォーラムでロボットソフィアと

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オールソウルズカレッジにて、国際法グループのダポ・アカンデ教授と

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