奨学生 レポート

外国人奨学生の顔写真

茶山 健太
2020~2023年度奨学生
オックスフォード大学 博士課程 地理環境学部

最終レポート

 私は現在博士課程の最終盤に差し掛かっており、データ収集などは全て終了し、残すは四本目となる最後の論文の執筆と、これら四つの論文をまとめて構成する博士論文の序章とまとめの章の執筆だけという段階に迫っております。そんな中、坂口財団様への最終レポートの提出も今回が最後になるということで、これまで3年半の博士課程を当初の予定と照らし合わせながら振り返っていければと思います。

「アラビア半島南東部 大地の遺産、保全の枠組みと体制を構築する研究」についての自主制作ビデオの一コマ_1

「アラビア半島南東部 大地の遺産、保全の枠組みと体制を構築する研究」についての自主制作ビデオの一コマ_1

 まず、研究についてですが、アラビア半島南東部における地質遺産の保全という大きなテーマに変更はありませんでしたが、その内容と研究の手法の二点において当初想定していたものとはかなり大きな変化がりました。まず、内容については、当初のプランではリスク報告書や事例研究などかなり具体的にいくつかの遺産にフォーカスをした研究を行う予定であったものが、全体的に比較的広域で、地域全体に当てはまるような研究に変わっていきました。この変化は新型コロナウイルスの流行や研究資金の財源などの外部的な要因が大きかったと思います。変更を余儀なくされた際には途方に暮れかけましたが、現在は現実的な研究の影響力として外国人である自分が先導してある一つの遺産の保全の必要性を訴えるよりも、現地の人々によって地質遺産を保全しようという機運が高まった時にそれらの場所を保全する正当性の裏付けができるようなデータを創出する現在の研究内容の方が得策なのではないかと考えており、この方向転換に非常に納得できています。

 研究の手法については、現地調査と政府関係者などとの話を基にした、割とトップダウンな形であった当初の研究計画から、地質遺産の保全によって影響を受ける業界の人々や一般市民などを巻き込んだかなりボトムアップな草の根レベルのデータを利用した研究へと変化がありました。そのため、用いた手法が自然と指導教官たちがあまりよく理解していない社会科学的なものとなっていき、その善し悪しに関する議論ができなくなるなどの苦悩もありました。また、データベースを運用するためのコーディングや研究に用いた動画を作成するための編集技術など、当初は全く考えてもいなかった技能を習得するために想定以上の時間をかける必要がありました。特に動画作成については、数ヶ月の間夜遅くまで研究室に残り編集ソフトと格闘していたため、自分の中で印象深い経験でした。ただ、苦労が多かった分様々な学びがあり自分でも独創性のある学際的な研究をすることができたのではないかと思っています。外部の方々からも、博士課程の生徒としては異例となる国際学会での基調講演の機会をいただけるなど、研究内容に対して高い評価をいただけており、昨年のレポートでも書かせていただいた通り、少しずつ自分に自信を感じられるようになっています。

「アラビア半島南東部 大地の遺産、保全の枠組みと体制を構築する研究」についての自主制作ビデオの一コマ_2

「アラビア半島南東部 大地の遺産、保全の枠組みと体制を構築する研究」についての自主制作ビデオの一コマ_2

 研究以外の部分では、文化的経験や様々な人との繋がりなどで大きな収穫があったと考えています。アラブ首長国連邦(UAE)とオマーンという日本人の我々にはあまり馴染みのない二カ国に合計6−7ヶ月滞在したことは世界の広さ、そして面白さや奥深さをより良く理解するためには最高の経験でした。いまだに流暢に話せるとは言えませんが、最初は全く読めなかったアラビア語を学習したり、イスラム教の断食、ラマダンを現地の友人の家族と共に体験したり、住民の90%近くが外国人(そのうちのほとんどが南アジアなどからの出稼ぎ労働者)であるUAEにて、移民向けの公立学校で働くインド人の先生たちと移民としての生活やUAE国民との生活基準の違いについて話を聞いたりと、日本で聞く機会があるとしたら、煌びやかな急成長を遂げている地域としてのイメージしかないこの地域の現状と課題について知見を得ることができました。

UAEフジャーイラ首長国の皇太子公邸にて。左から4番目。

UAEフジャーイラ首長国の皇太子公邸にて。左から4番目。

 人との繋がりという面では、文部科学省が創設したユネスコ次世代国内委員会の活動を通じて様々な出会いを得ることができました。精力的に教育、文化、科学の三分野において活動を行っている他の委員だけでなく、日本国内で地質遺産の保全を行っている日本ジオパークネットワークの皆様やSDGsや持続可能な発展に関する教育(ESD)に携わっている多くの方々と繋がることができたことは、日本におけるユネスコ関連の課題と世界における課題の共通点や相違点について考えるきっかけとなりました。そして昨年、パリで行われたユネスコユース・フォーラムに日本の若者の代表として参加させていただき、特に気候変動に対する対応についてユース世代の声を世界の舞台に届けるという大きなタスクに携わることができました。ここでも、世界各国にて様々な活動を行っている仲間に出会うことができ、現在彼らとの繋がりをどう活かすことができるのかを考えているところです。

 全体的を通じて、私は実り多い博士課程の生活を過ごすことができたと感じていますが、次のステップに関してはまだ不透明な部分が多いのが事実です。貴財団に応募させていただいた際、私は「気候変動などにより変わりゆく世の中において、人類が守り続けてきた文化、そして受け継ぎ続けてきた自然環境の象徴としての遺産・遺跡の保全を、特に新興国で進めるために、将来、国際連合教育科学文化機関(UNESCO)にて働きたい」と書いていましたが、その気持ちは今も変わりません。ただ、現在は保全を行うだけでなく、保全した場所を観光だけでなく、教育などにどう活かすことができるのかという点に興味を持っています。この点については、現在ヨルダンのパートナー団体と計画している世界遺産ペトラ遺跡での環境教育に関するプログラムを通じて、より深く考えて行ければと思っております。博士課程自体は、7月頃に全てを修了したいと考えております。ただ、その直後の仕事としては、ポスドクとして学術研究を続ける道と、ユネスコなどの国際機関に何らかの形で就職する道の両方を検討していますが、まだはっきりとは決まっておりません。ただ、結果的にどのような選択をするにしても、自分の興味と社会的なインパクトを両立できるような道に進みたいと考えています。

 決して平坦な道のりでなかった博士課程ですが、振り返ってみると全体的に素晴らしい経験をさせてもらったと思います。まだ終わったわけではないため、気を抜くことはできませんが、これまで継続した支援をくださった坂口財団と関係者の皆様には本当に深く感謝しております。本当に今までありがとうございました。