岸上 知志
2021~2024年度奨学生
オックスフォード大学 博士課程 化学学部
最終レポート
博士課程の研究生活のラストスパートに差し掛かり、この最終レポートでは「共同研究者との信頼関係の重要性」に焦点を当て、これまでの研究活動を振り返ります。坂口財団と関係者の皆様のあたたかいご支援がなければ、私がこれらの研究テーマに携わり続けることは難しかったことを思い、本レポートを通じて改めて貴重な挑戦と学びの機会を振り返り、周囲の方々に感謝したいと考えます。
博士課程の研究を振り返ると、自らが主体的に進めたテーマもありましたが、共同研究も多く行いました。オックスフォードだけでなく、ドイツやフランスの研究機関とも協力し、異なるバックグラウンドを持つ共同研究者から多大なサポートを受けました。特に、ALSの治療薬候補に関するドイツのマックスプランク研究所とのプロジェクトや、フランスの大学の研究者の方と進めてきたクモ糸の研究においては、協力者の存在なしにはここまで学際的なテーマを追求することは不可能であったと思います。
ALSの治療薬候補に関するプロジェクトでは、ネイチャーケミカルバイオロジー誌への論文掲載がほぼ確実になりつつあります。このプロジェクトでは、ドイツ側の非常に優秀な博士研究員の方や同僚の学生の協力が欠かせませんでした。また、クモ糸の研究においても、フランスの大学でアカデミアの研究者としてのキャリアをスタートさせたオックスフォードの研究室の先輩や、実際にクモの飼育と実験を担当してくれた同じカレッジの学生の方との協力が不可欠でした。特に、新型コロナウイルスのパンデミックの影響でプロジェクトの継続すらも危ぶまれた時期もありましたが、創意工夫と共同研究者のサポートにより目標を達成しました。
学会発表
私は研究テーマにおいて、いくつかの理想と実現したいゴール及び価値観を大切にしました。第一のALS治療薬候補のプロジェクトでは、NMRを用いた新しい手法を創造し、細胞が低分子化合物を取り込んでいることを示すことで、細胞生物学の領域との共同研究でまず短期的な重要課題である、自らの研究者としての能力を高めました。加えて、ALSに苦しむ患者さんのために治療の可能性を示すことで長期的なスパンでの社会への貢献を実現したいと考えました。また、共同研究者や同僚の学生と信頼関係を深める過程では、周囲の研究者の方々に敬意を持って接することを意識しました。第二のクモ糸のプロジェクトについては、そもそも、教授の裁量権が強い研究室の中で、学生主体のボトムアップでのプロジェクトの提案のところから、難しさはありました。しかし、事前に共同研究者の候補となりうる人と食事の席でミーティングをしたり、教授が臨席しているミーティングで主体的にアイディアの提案をしたりなど、未知の領域への挑戦の意志と、自らの希望を粘り強く、かつ工夫を交えながら上司に伝える努力をしてきました。
これらの共同研究での取り組みが、意外なところで自らを危機から救ってくれることもありました。メインの研究テーマでの戦略方針の極めて深刻な対立から私は一時期、指導教官との関係性が非常に悪くなってしまったことがあったのですが、その時に共同研究者の方や同僚が私を間接的に守ってくれたのです。具体的に何をしてくれたのかは明確には書けないですが、ともかくも共同研究の機会を通じて、周囲との信頼関係を構築することを意識してきたことが、危機に陥っていた私にとっての武器になったと感じています。もちろん、私も共同研究者の方や同僚に対して常に完璧な対応ができていた訳ではないと思いますし、反省も多々ありますが、それでも彼ら彼女たちが私に手を差し伸べてくれたのは、それまでの行いの積み重ねがあったからだと理解しています。
結果的に、メインのテーマについては私の意見が通りました。指導教官にとっても、共同研究が進捗している段階で私をあまり追い詰めすぎることは、彼らの研究室の評判を考えても得策でないという判断もあったのかもしれません。あくまで科学的な意見対立が原因だったとはいえ少しヒートアップしすぎた私と指導教官の間のわだかまりも、私のアイディアが良い結果に繋がることで徐々に解消に向かってきていると思います。指導教官から「Satoshi. You were right.(サトシ。お前は正しかった。)」という声をかけられた時は、自分の信じる方向性に向かうことができて本当に良かったと感じました。そして、メインテーマで納得のいく仕事の方向性に向かうことができたのは、共同研究の機会における私と周囲の信頼関係があったからだということを今になってようやくはっきりと認知し、しっかりと自覚できるようになりました。
実は、私は博士課程の途中では、共同研究などに時間を使うよりは、自分のメインテーマを成功させることに全力を集中することが合理的なのではないかという疑問を持ったこともあります。確かに、ショートスパンで見れば、メインのテーマに時間的資源を集中投下した方が中間的な進捗は良かったのかもしれません。しかし、共同研究者という強力な味方がいなかったら、メインテーマの方向性について重大な決断を下すために教授を説得する際に、果たして私は自分の意見を通すことができたかというと、確信は持てません。視野狭窄的に自分の興味関心だけを追求するのではなく、周囲との関係性も重視しなければ、ロングスパンでの成功が危うくなるかもしれないという学びは、これまでの留学生活において得られた最も大きな教訓の一つです。
最後になりますが、坂口財団と関係者の皆様からの励ましのお言葉やあたたかいご支援がなければ、これらの研究テーマに携わり続けることは難しかったでしょう。指導教官との関係性が危機的な状況であった際には、事務局長の中田様にご相談をさせていただく機会を作ってもらうなど、私が置かれている厳しい現実にも目を向けてくださり、本当にありがとうございました。財団関係者の皆様とのコミュニケーションを通じて、写真のような動物たちに癒されたり、休む時間を取ることも重要であることに気付かされました。
生きた実体験に基づいた、貴重な学びの機会を私が得るために不可欠であった、坂口財団と関係者の皆様のご支援に心より感謝申し上げます。今後も引き続き、共同研究者との信頼関係を大切にし、研究の新しい展開に努めてまいります。以上で最終レポートを終わりとさせていただきます。