奨学生 レポート

日本人奨学生の顔写真

松宮 陽輔
2023~2025年度奨学生
オックスフォード大学 博士課程 医学部

英国医療制度の危機

 貴財団より今年の4月からご支援をいただいている松宮陽輔と申します。2010年にイギリスで医師免許を取得後、産婦人科を専門として、現在は『子宮内胎児発育不全に対するミトコンドリア治療の可能性』のテーマで博士課程の研究を進めております。初めてのレポートになりますが、現在イギリスでは毎月の様に行われているNHS(National Health Service)医療従事者のストライキに関して、私の経験と意見も重ねて、少し話させていただきます。
 まずは何故ストライキが起きているのか簡単に説明いたします。ニュースでは主に給与が理由とされています。国のインフレ率を計算に取り入れると、2010年に比べ、マイナス15%(図1)、情報源によっては2008年に比べるとマイナス25%も給与が減額されたと報告されています。イギリスの医療従事者は損害賠償保険、専門の学会の会員費(看護学会、助産師学会、医師学会、産婦人科学会の様な専門学会など)、病院の駐車料や通勤費を全て自腹で払わなくてはいけません。専門関係なく、上記の費用を合計しますと1ヶ月分の給与に近いと言われています。特に2022年度は約10%の高インフレ率に比べ、看護師は3%の賃上げだけでしたので、日常生活が苦しくなる一方です。実際の給与は(図2)に添付いたします。

インフレに比べて医療従事者の給与の減額

(図1) インフレに比べて医療従事者の給与の減額



医療従事者の給与(2022年)

(図2) 医療従事者の給与(2022年)


 Foundation year 1は初期研修医。 New Consultant(指導医)になるまでは、専門によりますが、初期研修から約5−10年は掛かります。
https://www.nuffieldtrust.org.uk/news-item/deal-or-no-deal-understanding-the-effect-of-the-nhs-pay-settlement-on-earnings
実は私も2016年に専門医として若手医師のストライキに参加しました(写真添付)。その時は給与よりは勤務状況が理由でした。週96時間以上や12日連続の勤務、私も夜勤や当直を1週間連続でした事がありましたが、患者、そして自分の健康を考えても安全では無いと感じました。いくつか苦い思い出があります:

  • ・あまりの疲労で帰宅した途端、玄関で倒れてしまった事。
  • ・夜勤の後、高速で居眠りしてしまい、車をガードレールにぶつけて廃車にしてしまった事。
  • ・当直と夜勤の連続で、朝の4時ごろの緊急手術中、倒れそうになった事。

 2016年のストライキの後は、医療労働基準も変わり、週最大勤務時間は60時間に変わり、連続5日間以上夜勤や当直は禁止になりました。

2016年に専門医としてストライキに参加した時の様子

2016年に専門医としてストライキに参加しました


 しかし現在も環境は完璧とは言えません。一番の問題はスタッフ不足だと思います。Brexitの影響もあり、産婦人科では50%も医師と助産師不足で、残っているスタッフへのプレッシャーが大きいです。その上に給与問題があり、現在は前代未聞の危機状態です。

 コロナ中一生懸命働いていたにも関わらず、医療従事者には手当金も全くなく、他の職業、あるいは別の国で働いたほうが生活、環境や給与が良いと考え、次々とNHSから辞任や転職しています。私も現在は臨床を辞めて、研究一筋に集中しております。最近は最低1ヶ月に一人はN H Sで働いていた頃の同僚から連絡があり、転職に関して相談に乗ってほしいと連絡があります。

 さて、この危機をどう乗り越えるでしょうか?現在イギリスの政治状況はとても不安定で、医療制度だけでなく、全ての公務職に影響しています。実際今年は医療の他に教育、鉄道、空港、郵便の各方面の労働組合でストライキが行われています。これ程Brexit、コロナ、ウクライナ情勢とインフレが世間に影響するとは予想していませんでした。残念ながら、国の政治経済問題は簡単に解決する事ではなく、これからの現状の中で、まずは自分でできる事、どうやって自分と家族を養うのか集中する様にしています。そういう面では坂口国際育英奨学財団のご支援には心より感謝しております。財団事務所の皆様や、他の奨学生との交流は大きい心の支えになっております。国際的に不安定な時期ですが、特に今一緒にオックスフォードにいる奨学生とは同じ環境なので、一緒に頑張って乗り越えたいと思います。

医療従事者のストライキを集計したグラフ

図3 医療従事者のストライキ。9月も若手医師が20日から22日まで行われました。10月も2日から4日まで予定されています。