奨学生 レポート

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藤田 綾
2022年度~2024年度奨学生
オックスフォード大学 博士課程 社会介入学部

暴力削減の特効薬と呼ばれる「育児支援」

 本業の研究では、ウガンダにおける障害児に対する暴力や虐待をなくすための育児介入の開発と効果について分析を進めています。一口に「育児支援」と言っても、世界では多種多様な目的、対象、形態で行われています。普遍的に対象年齢の子どもの保護者全員を対象として暴力削減を目的とする介入もあれば、薬物やアルコール依存症の保護者など暴力のリスクの高い家庭や障害児の保護者のみを対象とする介入もあります。特に途上国では、栄養改善や母子保健を主要な目的とするもの、生計支援や精神保健ケアと組み合わせるものなど現地のニーズや課題に応じて形態も異なります。最近では、対面形式だけでなくデジタル媒体を用いる介入も増えてきています。

 私は、ウガンダの都市部郊外の1県と紛争の影響を受けた地方1県で行なった、10-14歳の子どものいる保護者対象にした、週2-3時間、計16週間の暴力削減を目的とした対面の育児プログラムの効果のデータを分析しています。子どもに対する暴力、親子関係、子どもの行動、思いやり、子どもの教育に対する態度、夫婦間暴力、精神保健、ジェンダー不平等などの指標の、この介入の前後および介入後6ヵ月後の変化を測定しています。この介入の結果、対照群と比較して、介入群ではほとんどの指標で統計的に改善が見られ、介入後6カ月後にはいくつかの指標でさらに改善が見られました。

 さらに、対象者を障害児と障害のない子どもなどとサブグループ化して、両群間で効果に差がないか、その差を調べることをサブグループ分析・モデレーター分析と呼び、私は障害児のいる保護者、障害のある保護者に対する介入の効果を分析しています。二年次には、これらの結果を質的に解明していくためにフィールド研究も行う予定です。さしあたり二年次の第一学期末(2023年12月)までに、Transfer of Statusという第一関門が待ち受けており、約100ページの研究計画書を完成させるべく日々執筆に取り組んでいます。


エビデンスに基づいて、その国に適した国家育児支援プログラムを作るプロセスの研究

 この一年のもう一つの成果は、リサーチアシスタントで携わったケニアおよびウガンダにおけるエビデンスに基づく政策立案(EBPM)の研究および実務を完遂したことです。これらの途上国でも介入の効果検証は行われており、ランダム化比較実験を用いて厳密に効果を測る研究も近年増えてきています。しかし、内的妥当性を高めるために厳密に実験状態にできるだけ近い状況を作り介入の効果を測ろうとするほど一般化できる可能性(外部妥当性)は低くなってしまいます。つまり、ある特定の県で行った介入の効果が高いというエビデンスがあるからと言って、国家政策介入として全国展開してどの地域でも成功するかどうかは誰も断言できません。ましてや多民族国家のケニアやウガンダで、民族、地域、文化、宗教など異なる環境の家庭を対象としても全国同様に効果が出るのか、また障害児や障害のある保護者、難民や人道的状況にある保護者に対しても同様に効果が出るのかといった問いは、実際に全国で実施し、評価してみなければ検証できないのです。

 そこで、両国の政府が取った手法は、各国とも多分野異業種のメンバーから成る技術部会を発足させ、築かれたエビデンスや経験に基づいて国家育児支援カリキュラムを作り、ケニアでは15県、ウガンダでは8県をサンプルとし、多文化でも受け入れられるかを測定するというものでした。言語の課題は残ったものの、カリキュラムの受容性はどの地域でも高いことが判明しました。

 私は、両国がどのような手順を踏み、何がうまくいき、何に苦労をしたのかといった教訓と提言をまとめる質的研究を担当しました。結果を報告書3本にまとめ、ワークショップを3回開催することができ、両国が全国展開に進むための一歩を支援することができました。両国とも決して平たんな道ではなく、家族や子どもの定義に始まり、しつけの良し悪し(体罰の禁止に反対する考え方など)、ジェンダー規範の相違(子どもの世話は母親の仕事といった規範、イスラム教に基づく規範など)といった多岐にわたる議論を続け、各メンバーが知恵を出し合い、学び合いながら、ようやくカリキュラムが大臣による承認を待つ最終段階までこぎ着くことができました。エビデンスを政策化するまでの政治的プロセスを、26名へのインタビューを通して疑似体験しながら文書化したことは、自分のキャリアにとっても貴重な経験となりました。


2023年3月、ケニアにて開催したワークショップの集合写真

2023年3月、ケニアにて開催したワークショップの集合写真



2023年8月、ウガンダにて開催したワークショップの集合写真

2023年8月、ウガンダにて開催したワークショップの集合写真



 貴財団およびご支援者の皆様の多大なるご支援なくして研究を続けることはできません。いただいたご支援に心より御礼申し上げます。二年目も熱心に研究に取り組んでまいります。