奨学生 レポート

日本人奨学生の顔写真

波多野 綾子
2022年度~2024年度奨学生
オックスフォード大学 博士課程 法学部

英国オックスフォード大学で法学博士号を目指しはじめてから、すでに二年が経ちました。時間の早さが信じられない思いですが、本レポートでは、2023年4月から同年9月の半期における、学術その他の活動について、特に教育活動にハイライトして報告させていただきたいと思います。

初のオックスフォード・チュートリアル(個人指導)担当
 オックスフォード大学、特にその学部過程の教育は日本の一般的な大学と比べると、かなり特殊なシステムがとられています。端的にいえば、チュートリアル(個人指導)がメインで、講義やセミナーは(科目にもよりますが)このチュートリアルを補完するものとして考えられています。チュートリアルはオックスフォード大学の学部教育の中核を成す伝統的かつ重要な教育システムであり、チューターと学生が意見を交換し、思考力と発表力を養うものとされています(オックスフォード留学(http://www.oxford.jp/fascination/oxford/)参照)。 日本の大学の「伝統的」な大講義を経験した自分にはこの教育システムは衝撃でしたが、まさかこのような個人指導を受けたことがない自分がチューターをすることになるとは思いませんでした。しかし、ある日友人から、ドイツに留学するため、自分がこれまでもっていた国際法のチュートリアルを担当してほしいとの依頼が舞い込みました。それに続いて、カレッジからも法社会学のチュートリアルも引き受けてほしいという依頼があり、あれよあれよという間に、5人の学生を担当することになりました。 

 さらに驚いたことは、これが主要な教育プロセスであるにもかかわらず、チューターにはほぼ完全な裁量が与えられ、責任が委ねられていることでした。一人の学生のオックスフォード経験を左右する重大な機会を自分が受け持ってよいのだろうかと不安になりつつも、チューターとしての経験を持つ友人に連絡してアドバイスを受け、チュートリアルに関するスキル研修を受けました。研修では、チュートリアルの目的、チューターとしての責任、採点の基準や、学生の能力を引き出すためのコツなど、一日かけて学びました。

 チュートリアルは各学生ごとに週に1回、約1時間ほどの時間を割いて行います。しかし、国際法や法社会学の広く深い海を最大8回のチュートリアルで網羅することはそもそも不可能なので、国際法の全体像や本質に触れてもらいつつ、どの分野にフォーカスするか、など悩みながら、各回のテーマ、リーディングマテリアル、議論のための小問、エッセイクエスチョンなどを作成していきます。正直、自分の論文の狭い範囲を超えた分野の論文や判決を読み直し、チュートリアルの予定表をつくるだけでも非常に時間がかかりました。やっとのことで完成したリーディングマテリアルリスト、ガイダンスを送るだけで力尽きそうでしたが、面白そう!楽しみ!と生徒が反応をくれるので、調子にのってやる気になりチュートリアルを開始しました。学部生たちには毎回リーディングマテリアルを読み込み、エッセーを提出したあと、チュートリアルで私の質問に答え、議論をしてもらいます。毎週5本のエッセイ添削に一人一人チュートリアルを行っていると、次から次へのスケジュールに追われる中、時間が飛ぶようにすぎていきました。

 チュートリアルを終えてみて思ったのは、私はおそらくティーチングがとても好き、しかしおそらくそうであるがゆえに要領が悪すぎる、ということでした。学友にはエッセー一本添削に30分以上かけるべきではないというアドバイスをもらいましたが、ついあれもこれもと自分にできることがあればとコメントしたくなり、気がつけばあっという間に時間が過ぎていきます。チュートリアルも議論や学生の学びや成長を感じる瞬間が楽しく、求められれば延長もしばしばでした。国際法研究会の運営にも追われつつ、睡眠時間を削るも、自分の博士論文にさける時間がかなり減ってしまいました。

 しかし、単純な自分は、チュートリアルの後に学生たちからこの授業が本当にフィードバックが丁寧でよかった、学びが楽しかったなどといってもらうともう不安も吹き飛んで(はいけないのですが)嬉しくなってしまいます。総じて、反省もたくさんありましたが、とてもやりがいのある経験であり、私も受講生たちからたくさんのことを学ばせていただきました。

中国で法を教える
 オックスフォードでの教育経験に加え、7月には、中国で国際環境法を教える経験にめぐまれました。こちらも文字通り日々教材作りや学生に合わせた改定に睡眠時間がほぼない日々でした。しかし、当初非常に静かに受け身だった生徒が、講義が進むごとに、興味を示し、自ら質問やコメントをし、すばらしい発表に批判的な視点も育んで行く様子を感じることができたことは、非常に感動的でした。教えられたことをスポンジのように吸収し、成長する彼らの姿勢から、私自身も多くのことを学びました。授業の後も、積極的に連絡をとってきてくれる学生がいることも、非常に嬉しく受け止めています。

 このように、中国での国際環境法の教育経験は、私にとって非常に充実したものであり、生徒たちの成長と情熱を見ることができたことは、大きなやりがいと喜びであり、教育活動の重要性を再確認させてくれました。

 オックスフォードおよび中国での教育活動を通じて、教育に対する自らの姿勢を確認することができたことは意義深いものでした。今後も研究活動とのバランスも考えながらも、教育活動にも可能な限り関わっていきたいと考えています。

学会・発表・出版
上記の教育活動に加えて、4月から9月の期間中に、合計10回以上の発表を行い、多くの専門家から有益なアドバイスをいただきました。

特に、オーストラリアのメルボルンで2023年6月25日から7月1日に行われた世界社会学大会やスウェーデンのルンドで2023年8月30日から9月1日に開催された法社会学学会など、大規模な学会では、世界各国から参加した素晴らしい研究者との交流がありました。また、オランダのフォートヴーレンで2023年6月5日から7日に行われた批判的国際法学のワークショップやドイツのミュンヘンで2023年6月13日に開催された日本法のワークショップなど、少人数でのインテンシブな議論は、思考を深めるために非常に役立ちました。

さらに、2023年4月4日から6日に北アイルランドのウルスター大学で開催された英国法社会学会に参加した際には、学会そのものだけでなく、北アイルランドの抵抗の歴史と現在を肌で感じることができ、法や制度がその土地の歴史と密接に関連していることを改めて実感しました。

今後に向けて
オックスフォードの友人も増えましたが、奨学生同士でもフォーマルディナーやガーデンバーティに招待しあったり、親交を深めています。ちょっとした息抜きやアドバイスなどにおいても、信頼できる仲間がいてくれるという感覚は怒涛の日々を生き抜くために不可欠だと感じています。坂口国際育英奨学財団の皆様のご支援、また、つないでくださったご縁に心より感謝しつつ、3年目も頑張ってまいりたいと思います。

ISA会議会場にて

ISA会議会場にて



林大臣とチャタムハウスで

林大臣とチャタムハウスで



LMHガーデンブランチにて 坂口奨学生の仲間たちも

LMHガーデンブランチにて
坂口奨学生の仲間たちも



ケニアでのワークショップのポスター

ケニアでのワークショップのポスター
多くの参加者と活発な意見交換を経て大成功でした