奨学生 レポート

日本人奨学生の顔写真

藤田 綾
2022年度~2024年度奨学生
オックスフォード大学 博士課程 社会介入学部

 貴財団より2022年10月からご支援をいただいている藤田綾と申します。オックスフォード大学大学院社会政策・介入評価学研究科で博士課程をしております。第一回目となる本レポートでは、私の博士論文の研究テーマ、研究生活の様子、リサーチアシスタント(RA)の仕事について報告いたします。

①途上国の子ども、特に障害児に対する虐待の問題に立ち向かう

 私は、ウガンダにおける障害児家庭に対する育児支援の開発および効果について研究を進めております。第二学期を終えて、ようやく論文のテーマと構成が絞れてきたところです。
 私は、大学院に入学する以前は、途上国の現場にいる実践側の人間でした。国際開発業界で4年半経験を積んだ後、人道支援業界に転向し、ウガンダで国際NGOの駐在員として3年働いていました。ウガンダ北部で南スーダン難民の子どもたちを支援する中で、学校に通っていない子どもたちの調査をすると、その多くが女子や障害児でした。実際に村々に足を運んでみると、子どもは学校に行きたくても親から命じられて昼間から市場で物を売る仕事をさせられていたり、精神障害のある子どもが鎖で繋がれて外出できないようにされていたり、さまざまな形態の虐待や搾取の実情が浮かび上がってきました。難民の保護者も、不慣れな土地で多くの課題やストレスを抱えて生活をしています。保護者に対する啓発活動をする中で、この介入が実際に保護者の行動変容を促したか、子どもに対する虐待や暴力が減少したか、親子関係は改善したか、これらの効果を科学的に厳密に評価し、効果の認められた介入を効率的に提供する必要があるのに、当時の私はその知識も技術もないことを痛感しました。

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博士課程の入学式の日、カレッジの親友たちと


 そんな問題意識をもとに、博士課程の研究では、以下の三つの実証研究を行う予定です。第一に、障害のある子どもとその家庭に関連する心理社会的リスク要因を分析します。第二に、障害のある子どもとその保護者と障害のない子どもとその保護者と比較した際に、子どもに対する暴力の減少を目的として現在ウガンダで試験されている育児研修プログラム「思いやりのある育児」がもたらす効果に差が出るかどうか、ランダム化比較実験データを用いてモデレーター分析を行います。また、差がある場合、どのようなニーズに対応できていないのかを探る質的調査を行うことによってナラティブの洞察を加えます。最後に、難民の障害児の保護者が抱える特有の課題に対応し、ニーズを満たすためには、どのような適応や修正が必要か、質的調査のフィールドワークを行う予定です。


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ウガンダ出張時、指導教員および仕事仲間と


②強い信念を持ち続け、小さくても実質的な変化をもたらす

 大学では研究科とカレッジの両方に所属し、恵まれた環境で研究に取り組ませてもらっております。研究科では、指導教員から定期的に論文指導を受けているほか、社会介入研究会と暴力予防研究会に所属しています。大学を越えてこの分野の研究者による様々な手法を使った研究発表を聞き、議論に参加することは、一人で先行研究を読むのとは異なる学びがあります。また、Global Parenting Initiativeという同大学が中心となって進めている、途上国6カ国における育児プログラム研究プロジェクトの勉強会にも参加しています。この勉強会では政府への政策提言、障害インクルージョン、人道的な文脈など、関心のある様々なテーマを扱っているため、今後はこれらの研究を行う世界中の研究者との繋がりをもっと生かしていきたいと思っています。
 カレッジは、私の研究生活を精神的に支えてくれています。私はSt Antony’s Collegeという社会科学の学生の多いカレッジに所属しています。オックスブリッジに特有と呼ばれる、教授や研究員、招待客のためのハイテーブルディナーや学生のためのフォーマルディナーといったカレッジでの社交の場は、美味しい夕食を楽しみながら教授や友人と数時間じっくり語ることのできる貴重な機会です。

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St Antony’s Collegeの図書館


 中でも、今学期は、英国の国会議員との対談セミナーに出席する特別な機会が二回あり、その上、運よく、ある国会議員と経済学・公共政策学で著名なポール・コリアー名誉教授とのハイテーブルに招待していただけました。このディナーの前のレセプションで、その国会議員にこう尋ねられました。「あなたはどうやってこの世界を変えていくの?」この半年で一番ドキッとさせられた質問でした。目の前の細かい作業ばかりに気を取られ、大きなビジョンを持って実質的なインパクトを生み出すことをすっかり忘れていたことに気付かされたからです。彼女は同大学の出身で、当時は女子学生が入れるカレッジすら限られていたことや政界での苦労話を話してくれ、最後に「諦めないで頑張って」と力強い励ましの言葉を残してくれました。自信に満ち溢れた彼女の姿や言葉にすっかり感化されたこの晩、博士課程の三年間は、強い信念を持ち続け、小さくても実質的な変化をもたらすことを意識しようと決意しました。

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研究科の研究室の様子


③専門性を高める実務経験

 同大学で博士課程を始めて良かったことは、研究の傍ら、実践科学の研究手法を適用しながら児童福祉・育児領域の専門性を高める実務経験も積ませてもらえていることです。私は、Parenting for Lifelong Health (PLH)という英国の非営利組織でRAの仕事をしています。PLHは、同大学含む4大学、UNICEF、WHOの共同で研究開発されたエビデンスに基づく育児プログラムを途上国に展開して、実施、評価、スケールアップをしていくイニシアティブです。具体的には、UNICEFが実施するウガンダおよびケニアにおける国家育児プログラム開発案件のコンサルタントとして、関係者にインタビューをしながら、育児研修プログラムを全国展開するための提言や教訓をまとめる業務に取り組んでいます。
 この半年間は、ご支援のおかげで研究もRA業務も順調に進めることができました。末筆ながら、貴財団の皆様およびご支援者の皆様に心より御礼申し上げます。より一層精進してまいります。