奨学生 レポート

日本人奨学生の顔写真

茶山 健太
2020~2023年度奨学生
オックスフォード大学 博士課程 地理環境学部

①自由テーマ

 最近、高校時代の友人の結婚や昇進、転勤などの話が多く聞かれることがあり、一般的に言われる26歳の社会的成功と自分の現状を比べ、自分が就職し働くことを選ぶのではなく、修士課程、博士課程に進んだ理由を自問自答することがあります。普段は現在の進路を選んだことに後悔はないと言い切れるのですが、周りの身近な友人の話を聞き比較してしまうと、少し負い目に感じてしまう部分があるのも事実です。そんな日々を過ごす私ですが、博士課程の終盤に入ろうという現在のタイミングで初心に戻り自らを戒める意味も込め、私が就職をせず、現在自分が携わっている分野に進もうと決めたきっかけを本稿で綴らせていただけたらと思います。私のターニングポイント、それは学部生三年時に受けたある大手投資銀行でのインターンシップのための面接でした。

 私は学部時代、アメリカ南部の非常に裕福な家庭の学生が多く、ファイナンス(ウォール・ストリート)への就職に強い大学に通っていました。奨学金無しでは、とても年間700万円近くする学費などの諸費用を工面することができない家庭出身の私は、高級車を乗り回し、休みにはなんの躊躇もなく友達と高級リゾートでのスキーやカリブ海でのクルーズに行くような生活をするクラスメイトを見て、羨ましいと思うと同時にこうなるのが人生の成功の形なのかなと思ったことをよく覚えています。専攻に関しても、良い先生に出会ったこともありますが、お金に繋がるスキルを身につけなければという一心で、一年次の2学期から三年次の2学期ごろまでは、経済学と環境学を学んでいました。ただ、お金に目がいく反面、世界のためになることをしたいという思いは捨てきれておらず、金融分野などではなく、環境経済や発展経済など経済学の中でも国際問題などに関連する分野を中心に勉強していました。そんな中、経済学部の授業を共に取っていたクラスメイトたちが、夏休みの間大手銀行でインターンの経験を積んでいること、またそのインターンによって一夏で数百万円もの給料がもらえるということを聞き、これはどうにかして掴まなければいけない経験だと思った私は、学部三年次の11月頃、前述した投資銀行でのインターンのための面接に挑んだのでした。

 ものすごい競争率であるこれらのインターンを得るため、事前に色々なことを調べこの面接に臨んだ私だったのですが、投資銀行の業務の中で興味を持ったのは、実際に投資を行う部門よりも、企業責任や、ソーシャル・インベストメントと呼ばれる、社会貢献のために近い投資を行う部門で、面接でもその思いを懸命に伝えようとしました。面接が進むにつれて、面接官の方となんだかうまくノリが合わず、ダメかもしれないなと感じている中、私が質問への回答を終えると、少し苛ついた様子の面接官から、「君はうちの会社が何をする会社だと思ってるの?この会社は別に世界をよくすることを目的にしている訳じゃ無いんだよ。」と言われたのです。それを聞いた瞬間私は、ものすごく幻滅し自分はお金のためではなく、自分で本当に興味があり誇りに思える仕事をしようと決めたのでした。

見方によっては、これは突発的でかつナイーブな決断だったのかもしれません。ただ、私の中ではこの面接から5年近くたった今でも、この一言を鮮明に覚えており、これがある意味自分の中での道標になっていると感じています。②では、この理念をもとに始めた博士生活の約二年半で得られた学び、成長について振り返りたいと思います。

フィールドワーク中、オマーンで発掘調査をした現地の修士の生徒たちと一緒に

フィールドワーク中、オマーンで発掘調査をした現地の修士の生徒たちと一緒に


②奨学生期間中にできたこと・将来の計画

 私は最近、新型コロナウイルスの流行が起きてから会うことができていなかった何人かの友達に会う機会に恵まれました。私の博士課程生活は2020年10月に始まったため、彼らと会うのは、博士課程の始まる少し前ぶりでした。博士課程の始まる前と、現在の自分を知る彼らと話をする中で私は、この2年半ほどで私が変わった部分はあるかと質問しました。何人かの友人に聞いたところ、共通して彼らに言われたこと、それは少し自信が感じられるようになったということでした。

 自信のなさ、それは昨年末に指導教官と話合いをした際にも挙げられた、私の個人的な課題です。私は、あまり深く関わったことのない方々には自分に自信がありそうという印象をもたれやすいらしいのですが、実際はかなりネガティブな部分があり、①で語らせていただいたように、自分のやっていることが正しいのか自信が持てなくないことが多々あります。しかし、博士課程というのは、指導教官からの援助は得られるものの、自分の研究を自分で進めることを求められるため、自ら決断を下し、その決断に責任を持つことが求められる世界です。特に現地調査は、逐一指導教官にこれはどうすればいいか、あれはどうすればいいかと聞くことができる環境でないため、自分ができる最善の判断を下し、それをベストと信じて活動を行う必要があります。また、自らの研究以外の面でも、ティーチング・アシスタントの仕事を通じ学部生に地理学についての授業を行う際には、専門家であるはずの自分が自信なさげに教えてしまったら、生徒が不安になってしまうということもあります。自分では特に自信がついたと明確に感じているわけではないのですが、振り返ってみるとこのような環境に身を置く中で自信を持たざるをえない状況が増えてきたのが少し助けになっているのかなと思います。

 また、将来設計の面からみると、遺産保全の専門家になるという自分が5年前に思い描いた目標をいまだに持ち続けられているということも、自分の判断力を少し信頼してもいいのかなと感じられる要因になっているのかもしれません。昨年の最終レポートにおいても書かせていただいたユネスコで働きたいという気持ちは揺らいでおらず、最近はより具体的な道筋を検討しています。現在は、博士卒業後、数年間どこかで博士研究員(ポスドク)として勤めるか、ジオパークや国立公園などの職員として実務経験を積んだのち、ユネスコで勤務するための試験に挑もうと考えています。実務経験を得るためのチャンスを掴むため、今年はより多くの学会や、ジオパークや遺産保全関連のイベントに参加し、ネットワークを広げていきたいです。

 このように毎日の生活の中では気づきにくいことですが、私は博士課程を通じて少しづつではありますが、学術的な問題を解決するだけでなく個人的な成長を遂げることができていると感じています。これらの成長を、将来の目標の達成に活かせるように、焦らず、ただし責任感と緊迫感を持ちながら、日々を過ごしていきたいと感じています。