奨学生 レポート

日本人奨学生の顔写真

岸上 知志
2021~2023年度奨学生
オックスフォード大学 博士課程 化学学部

①挫折を力に – 研究の躓きによって気付かされた周囲への感謝 –

 今回、最終レポートを執筆させていただくにあたって、真っ先に頭に浮かんだテーマが昨年度に経験した研究面での手痛い失敗とその後の苦しい日々のことでした。人間、辛い時にどう振る舞うのかでその人の真価が問われるのだと思いますが、昨年の大きな挫折は私にとってはかなりショックな出来事で、正直に申し上げて落ち込んでしまいましたし、随分と様々なことを考えさせられました。具体的な話は下記に詳述しますが、この経験から学んだ重要な教訓は「周囲への感謝を忘れずに、信頼関係を保つ努力を続けるべき」ということでした。最も厳しい時期に手を差し伸べてくれた仲間や周囲の方々には頭が上がりませんし、それらの人々のサポートがなければ立ち直れなかったかもしれないなとすら思います。現在は、もう迷いはありませんし、失敗を糧にして前に進んでいく意思を強く持てるようになったと感じています。

研究所前にて


 さて、失敗の内容を詳細に述べる前に、なぜその躓きが私にとってそれほどまでに痛かったのか、研究の様子も含めながら、背景をご説明したいと存じます。私の研究の領域は、核磁気共鳴(NMR)を用いたタンパク質の構造解析です。取り組んできたテーマとしては、これまでに誰もタンパク質に応用したことのない化学プローブをターゲットに結合させ標的の動きを可視化するといったことを目指しています。まだ論文が出ていない段階で、あまり詳細をこちらに書くことは控えさせていただきますが、その化学プローブの合成には非常に高額な試薬を使用せねばならず、自分でオックスフォード大学内の研究費を獲得するなど、これまでに様々な手を打って実現に近づいてきたプロジェクトでした。

 コロナで研究のスケジュールが遅れる中で、ようやくタンパク質のサンプルの作成を実現することができ、研究室の仲間も喜んでくれる中で、その出来事は起こります。サンプルの作成自体は間違いなく達成できたのですが、教授が求める測定のための条件を整えるのに手間取り、非常に残念なことにその間にサンプルは壊れてしまったのでした。指導教官は私に責任の全てを押し付けるようなことは言いませんでしたが、研究を組織の長として適切にマネジメントすべき彼自身の責任を認めることもありませんでした。信頼していた指導者に裏切られたような思いで、一時は鬱状態になり、嘔吐を繰り返すほどに精神的に追い詰められました。

そのような状態だった私を支えてくれたのは、同じ研究室の仲間でした。再度のサンプル作成をするなら協力することや、指導教官の監督者としてはあまりに無自覚で無責任な教育・研究姿勢に対して今後どう対応していくべきなのかについて知見を共有するなど、本当に仲間の学生には感謝の気持ちでいっぱいです。これ以上は上司の愚痴を言っていても仕方がありませんし、ともかくも問題を解決してゆくしかありません。指導教官にしても、プロジェクトを成功させたいという強い思いは共有してくれていると信じていますので、もう一度チャレンジしたいと考えています。

 実際に、サンプルの再度の作成は進行中で、これまでに得られた中間的な結果は良好なものです。ラボメイトからは実験機材の確保や一人では困難な測定の実施について全面的な協力を得ており、自分だけではこれほど迅速にプロジェクトを再度復活させることはできなかっただろうなと思います。ただし、もし自分のこれまでのラボメイトに対する態度が悪いものであったら、周囲からのサポートもなかったであろうと思いますので、自分が今までに積み上げてきた信頼関係にもある程度の自信と誇りを持って良いのかなとも感じます。あともう少しで良い結果が得られるところまできていると思うので、慎重に実験を進めて留学を成功裡に終えることができるように仲間と協力しながら精進してゆくつもりです。

 なお、実験と並行して、これまでに取り組んできた研究の論文化に向けて、執筆活動も行なっています。どんなに良いデータが取れても、それを語る言葉なくしてサイエンスは評価されません。次のトピックとも強く関連しますが、コミュニケーションの面でも力を伸ばしてゆきたいと考えています。


研究所前にて

研究所前にて


②奨学生期間中にできたこと・将来の計画 - 「戦って勝てる英語力」への険しい道 -

 私にとって、奨学生期間中、そして留学生活の目標として強く意識してきたのが、「戦って勝てる英語力」を身につけるということでした。私は英検一級を取得していますが、それでもオックスフォードの環境で交わされるレベルの高いディスカッションにはまだまだ完全にはついていけていないなと思う場面もあります。レベルアップはしてきていると思いますし、留学前と比べれば自分の成長には驚くこともありますが、それでも英語ネイティブのオックスフォード生との会話にはまだ苦労します。更に、教授クラスとなると知性と経験に圧倒的な差がある上に、完全にこちらの論理を潰しにくる気でかかってくるので、事前の準備も含めた対策が必須になってきます。

 特に、指導教官と私を含めた学生との間で前述した実験の失敗の原因についてディスカッションしていた際には、私が気持ちの面で落ち込んでいたのもありましたが、教授が議論をリードし、上手く自らの責任を回避していたように思います。厳しいですが、これが現実なのだと思います。私も、後になってあの時にもっと強く言い返すべきであったと後悔することもありますが、議論が発生している場で、英語の語彙を適切に選んで言い返せないと、負けとして確定されて終わりなのです。指導教官としても、ボスとしての体面上、自分の非を認める訳にはいかなかったということでしょう。この事案については既に気持ちの整理がついているのでもう繰り返しませんが、ともかくも英語の議論は戦いであり、冗談ではなく決闘に臨むぐらいの緊張感を持って挑まなければならないと痛感させられるような経験を何度も積んできました。

 言葉で議論する力だけでなく、書く力についても至らなさを実感します。一般的にスピーキングに比べてライティングは非ネイティブでも英語での差がつきにくいと言われますし、最近ではChatGPTなどのAIによるツールも多々出てきているので、今後はどうなっていくのか確かに読めないところです。ただし、現段階で私が感じているのは、やはり英語ネイティブの研究者や、そもそも英語を使って仕事をしている方々の文章力はレペルが異なる世界だということです。「戦って勝てる英語力」を身につけるためには、これから最後のオックスフォードでの時間を大切に使わなければならないですし、卒業後も鍛錬を続けるしかないなと覚悟しています。

 今できることとしては、論文化に向かって共同研究者と取りまとめている原稿の仕上げに主体的に参加することや、実験と並行して書き進めている博士論文の原稿について、カレッジのWritingのセッションなどに参加してフィードバックを受けることなどが有効と思っています。経験豊富な研究者の方の論文の書き方は自らの成果を大きく見せつつも予想される批判を上手く封じることができるような工夫もなされていて大変参考になりますし、カレッジのWritingのサポートは小説家の方が無料でわかりやすいストーリーの書き方を指南してくれるので、こういった機会を貪欲に活用してゆきます。もちろん、指導教官に対しても議論で負けないようにしていきたいです。

 もともとの英語力でハンデがあることは辛い面もありますが、いつかここで揉まれた実体験と生の知識が役に立つ日がくることを信じて、ともかくも「戦って勝てる英語力」の領域に近づいてゆきたいと思っています。このような貴重な経験を積ませていただけるのも貴財団からのご支援のおかげですので、改めて財団関係者の皆様に心より感謝を申し上げます。以上で、私からのレポートを終わりとさせていただきます。最後までお付き合いくださり、誠にありがとうございました。