奨学生 レポート

外国人奨学生の顔写真

アリアドネ・ジュールダン・ファイオン
ブラジル出身/2024~2025年度奨学生
東京外国語大学 総合国際学研究科 博士前期課程

日本とブラジルの友人関係

 今月で日本に住んで5年になりますので、このエッセイでは日本で経験した友情について紹介します。大学に入ってから多くの素晴らしい日本人の友人に出会いましたが、実際、コロナ禍の時期に日本に来たため、2022年末までキャンパスで学生と交流できませんでした。オンライン授業ではクラスメートとまともに会うこともできませんでした。そのため、日本の友人たちのほとんどは学部時代の終わり頃か、修士課程で知り合った友達です。

 また、日本の学生と初めて交流した際にも多くのカルチャーショックを受けました。ブラジルでは授業中にクラスメートと議論を交わすのが一般的ですが、日本ではそうではないことがすぐに気づきました。授業中に発言することは珍しく、一緒に宿題をしたり部活動をしたりといった課外活動の方が、友達を作りやすいでした。大学の活動に参加してソーシャルネットワークを築くことは重要ですが、ブラジルとは方法が異なります。そして、日本人学生と仲良くするのは難しいことも実感しました。ここで一般化したいわけではありません。国籍に関係なく人それぞれ違うことはわかっています。ただ、私の過去の経験では、ブラジルでは新しい友人を作るプロセスは迅速かつ簡潔で、新しい友人とはどんな話題でも気軽に話せます。友達になったらよく会ったり、お互いの家に行ったり、近い距離感をすぐにつくることができます。

 しかし、日本で友達を作る経験は、親密さや信頼を築くまでに時間がかかるというものでした。この構築段階には、相手をより深く理解し、より強い絆を築くための多くのステップがあります。信頼を築くことや、細かいところに気を配ることがとても大切になります。最初はそれが少しつらく、しっかりした人間関係を作るのが大変で、私は主に大学のブラジル人学生と交流していました。今では、私が築いた日本人の友情は特別で、信頼でき、長く続くものであると理解しています。私はブラジル人の友人ほど頻繁に日本人の友人と会えないですが、会う回数が少なくても関係が薄れてしまうことはありません。

 とはいえ、全ての日本人の友人が同じというわけではなく、文化的背景に関わらず、人それぞれ繋がり方は異なります。最近、私はラテンアメリカに関する大きな個人蔵書を持っている年配の研究者(Mさん)のお手伝いを始めました。週に一度、その方の家へ行き、本の整理をしています。Mさんの奥さん(Hさん)はいつも手作りの昼ごはんを用意してくださり、二人のラテンアメリカでの研究経験と、私のブラジルや日本での経験についてお互いに話します。スペイン語と日本語を混ぜて話すこともあれば、私がポルトガル語や英語で話すこともあります。この週一回の訪問は、私が本当に楽しみにしている時間です。

Mさんの奥さん(Hさん)よりいつも手作りの昼ごはん

Mさんの奥さん(Hさん)よりいつも手作りの昼ごはん

Mさんの奥さん(Hさん)よりいつも手作りの昼ごはん

 毎回の訪問は一日がかりです。古い本の中を調べていると、二人が南米で過ごした頃の思い出が見つかることがあり、古い写真や新聞の切り抜きが挟まっていました。そこでの作業は、まるで二人の人生や研究の記憶を旅しているような感覚です。食事の時間にはお互いに小さなお土産を交換します。私は家にあったブラジルのコーヒーやお菓子を持っていくことがありましたが、一番美味しかったのはHさんが作ってくれる日本料理です。Hさんは、凄く優しい人で、私が話す些細な話にも耳を傾け、人生の小さな出来事を覚えていてくれます。例えば、私はベジタリアンですが、Hさんはそれに合わせて、いなり寿司や揚げ豆腐、漬物など日本の食事を作ってくれます。そこで過ごしている時間は、本の中の記憶も、HさんとMさんと食事の時に交わす話も新しい記憶が混ぜてポロポロとあふれています。

 この経験で最も心を動かされたのは、彼らの親切さだけでなく、幾重にも重なる文化交流と気配りです。ラテンアメリカでは友情は温かく、大きな抱擁や大声で長く続く会話、大家族の集まりを通じて育まれます。一方、日本での友情は静かで、日常生活の細やかな気配りの中に表れます。例えばHさんの料理と私の言うことへの注意。しかし一方で、彼らも研究生活を通じてラテンアメリカを経験して、私たちは自然に人生について温かく語り合えるのです。こうした小さなことが、日本とブラジルでの生活で私が一番気に入ってきたところです。この予想外の繋がりを通じて、私は日本における異文化交流のバランスを見出しました。